学校紹介

学校紹介

沿革

昭和23年11月

県立長崎高等学校、県立瓊浦高等学校、県立長崎女子高等学校、市立女子高等学校の統廃合により、県立長崎西高等学校は県立長崎東高等学校とともに新制高等学校(男女共学)として設立され、長崎市内の鳴滝の地に開校。

昭和25年7月

新校舎(現在の所在地である長崎市竹の久保町)に移転。

昭和26年12月

校歌「眉秀でたる若人よ」を制定。

昭和43年11月

創立20周年記念式典を挙行。

昭和53年11月

創立30周年記念式典を挙行。「自律の像」が建立され「柏の森」が造園される。

平成10年11月

創立50周年記念式典を挙行。「自律の鐘」と「自律の碑」が設置され「自律の像」とあわせて「自律三林」と命名。

平成20年11月

創立60周年記念式典を挙行。

平成30年11月

創立70周年記念式典を挙行。

校訓「自律」

本校初代校長小谷巨三郎先生は、開校から15日目、全校生徒に対し、「今こそ高いものを求め、立派な学校を創り出そう。将来の西高に学ぶ後輩が創立当時の先輩に感謝するよう、決して非難されない輝かしい先輩にならなければならない」と力説された。また、当時の文化部生徒委員長は、「よき伝統よき校風をつくることは西高生の念願であると同時に責任でなければならない。我々はここに創立1周年を迎えて創業の重責を感じるとともに『我等出でずんば西高の創業成るはいつの日ぞ』の意気を持って理念の達成に邁進すべきである」と述べた。実に格調高く、西高の校風は生徒自らの手で、立派なものに創りあげていくのだという気魄がうかがわれる。

このような「新しいものを創り出そう、皆で誇りある西高を築きあげていこう」という気風が一層強くなり、自らを自らの意志で律する「自律」の精神が西高の校風として根付いていった。この建学以来の校風「自律」は、遂に創立30周年に、校訓として制定された。爾来、本校の全ての教育活動はこの「自律」の精神(自らの意志によって行動を律する力)に基づいて行われている。

これからの時代は、潤沢な自然に恵まれて育った人間がリーダーになると言われている。まさしく、この西高生の中から日本をリードする人材が育っていくのだろうと確信している。多くの「眉秀でたる若人」が明るく生き生きとした高校生活を送っている。

自律三林

次の3つを総称して本校では「自律三林」という。

自律の像
創立30周年(1978年)を記念して同窓会から寄贈された。富永直樹氏の彫刻「新風」という作品で、第3回日展に出品され、日本芸術院賞を受賞した。

自律の鐘
創立50周年(1998年)を記念して同窓会から寄贈された。長崎と歴史的関係の深いオランダで鋳造され、40曲がプログラム選曲でき、18個の鐘を有する本県最大のカリヨンである。

自律の碑
創立50周年(1998年)を記念して在籍した全生徒(51・52・53回生)から卒業記念品として寄贈された。
※揮毫は津金孝邦氏

校章

校章は、昭和23年長崎西高等学校の開校と同時に制定作業が開始され、翌24年4月本図案が正式に採用された。現校旗に刺繍された校章は、銀色の3枚の柏の葉の中央に金色の「W」と「高」の文字を配している。

柏の葉の3枚の組み合わせは、「知・徳・体」の言葉を、「W」の文字は長崎西高校の西のWESTと世界の意味のWORLDを表している。また、「W」の形は両手を高く掲げ世界へ羽ばたく若人の姿と「鶴の港」を象徴している。

校歌「眉秀でたる若人よ」

校歌は本校野球部が昭和26年甲子園に出場を機にその年の12月に制定された。作詞者の風巻景次郎先生は長谷川良夫先生の作曲を評して、「自分の作詞に最も適した最高の曲である」と絶賛された。

歌詞の中に「西高」の校名がなく、副題として「眉秀でたる若人よ」が付けられた。原曲は混声四部合唱で作曲されており、卒業式では、全校生徒による校歌の合唱が行われる。新しい時代の理想と志の高さを感じさせる校歌である。